今日は珍しく。(※一部修正)

今日は、珍しく法の学徒に戻ります。
何故なら、極めて重要な最高裁判例が登場したからです。


いわゆる山口母子殺人事件についての最高裁判決です。

ZAKZAK



皆さんは、永山事件判決をご存知だろうか?

永山事件…事件当時19歳なので、N君として説明しましょう←あまり意味が無いようにも思えるが(汗)。

事件は、簡単に言えば、こうです。

N君は、昭和43年10月頃、19歳の時、神奈川の米軍基地で拳銃とテッポの弾50発を盗み、同じ月、東京のホテルで警備員を射殺し、これまた同じ月に京都の神社で警備員を射殺し、更に同月に北海道でタクシー運転手を射殺、現金を強奪、更に更に11月、愛知県でタクシー運転手を射殺、現金を強奪、更に更に更に翌年4月、東京都の学校で警備員を殺害に付き未遂に終わった。

(※彼が最後に持っていた弾丸は、残り17発だったそうな。結構パンパン打ちまくったもんだな~。)

で、その後の過程は、全てすっ飛ばして結論だけ言いますと。

最高裁判決は死刑で確定。(※第一次上告判決)

この判決が重要視されているのは、死刑の適用基準を初めて明らかにした判決だったからです。

その基準は、こうです。

「死刑制度を存置する現行法制の下では、①犯行の罪質、②動機、③態様ことに④殺害の手段方法の執拗性・⑤残虐性、⑥結果の重大性ことに⑦殺害された被害者の数、⑧遺族の被害感情、⑨社会的影響、⑩犯人の年齢、⑪前科、⑫犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない。」

(※太字、数字等は、ワタクシが付けたもの。)


この基準の適用についてみると、こうです。

①犯行の動機に同情すべき点がない。
②拳銃に実包を装填して携帯しており、計画性が認められる。
③犯行を重ねており、個々の犯行の態様も、被害者の頭部、顔面等を至近距離から数回狙撃するもので残虐である。
④働き盛りの社会人4人の生命を奪った点で結果が極めて重大である。
⑤各被害者の遺族らは精神的にも経済的にも深刻な打撃を受けた。
⑥本件は「連続射殺魔」事件として報道されて一般人を深刻な不安に陥れ、社会的影響が極めて大きかった。
⑦被告人に何ら改悛の情の認められない。


…とまあ、これだけあったら死刑もやむを得ないでしょ??とでも言いたげな程の理由を挙げて、やっとこさ死刑にしたというのが本当のところでは無いかな??


ところで。
このN君
中々したたかであったと聞いた。

何故なら。
死刑を予測し、あらゆる理由で上訴し、その上弁護人(弁護士)を何かに付けて解任して、審理時間を稼げるだけ稼いだという戦術を見事なまでに行ったからです。


まあ、認定事実を見れば、一般社会人なら誰でも『やっておしまい!』と言いたくなる事案である事は間違い無い。

まして、適用した部分を聞けば、尚更でありましょう。

ただ、この事件の特殊性は、少年法にもあった。

つまり。
第51条に「罪を犯すとき十八歳に満たない者に対しては、死刑をもつて処断すべきときは、無期刑を科する。」という条文が存在するからです。

しかし、この事件では、死刑が適用されました。

この事件を契機に、殺人なら3人、強盗も加わると2人、誘拐殺人なら1人、少年事件では4人という、言わば『相場』が形成されて行った、と言われています。


この判決の背景には、おそらく死刑廃止論の高まりがあったのではないだろうか、と思う。

だからこそ、『相場』形成がなされて行ったと思われて仕様が無い。


さて。
今回の事件は、どういう事実が認定されたのか。

余りに異常で残虐なので…書くのも嫌な事だが。
当時23歳の主婦を強姦目的で訪問し、暴れるので首を絞めて殺害、行為に及び、その後、まだ赤ん坊の長女を床に叩き付けて殺害した、というもの。


…は~、何故だかN君の時よりも一層神経が逆撫でされたね。

もう生理的に受け付けない上に、凄まじく腹立たしい

弁護側の、死刑求刑に対する主張は、①殺意及び計画性が無い、②当時未成年、③②ゆえ更正が可能というものだった。



だが、しかし。
最高裁は、①殺意については「1、2審の認定は揺るぎなく認められる」とし、①計画性についても「強姦目的を遂げるために殺害行為を冷徹に利用しており、特に被告に有利な事情とは言えない」と判断、更に、②当時18歳という未成年、③更正可能性に至っては、「罪の深刻さと向き合っていると認めることは困難で、18歳になって間もないという点も、死刑を回避すべき決定的な事情とは言えない」とまで言い切っている。その上で、「原判決は,量刑に当たって考慮すべき事実の評価を誤った結果,死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情の存否について審理を尽くすことなく,被告人を無期懲役に処した第1審判決の量刑を是認したものであって,その刑の量定は甚だしく不当であり,これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。」という判断至り、広島高裁へ審理の差し戻しを命じた。

あまり知られていないことだが、刑事裁判の事実認定(※事実審)は、高裁までで、最高裁は『法律審』(※手続上の法律違反と、条文の解釈・適用の誤り、憲法違反等)に限られているのです。

だから、今回は広島高裁で、先の2審判決で無期懲役の理由に挙げたもの以外死刑回避の(別の)特段の事由があるかどうかを審理し直すことになる訳です。


…しかし、だよ?
この事件、既に7年も審理している訳です。
もしも、この『無期に当たるべき事実』があれば、既に2審までに出ている筈でしょう?

今の今更、そういう被告人に有利な事情が出てくるのも考えられないから、新聞報道が言うように死刑の『公算』が高くなった」と言える訳ですわ~。



さて。
ここで問題なのが、何で今これだけ死刑が求められ、裁判所も出すようになったのか?なんですよね。

実は、去年、3年前に19歳の女子大生を道端で適当に捕まえて強姦し、発覚を恐れて生きたまま灯油をかけて燃やして殺した男が、検察官・被告人双方の控訴があり(死刑を求刑した検察官→無期懲役は軽すぎる。被告人→無期懲役は過去の判例から重過ぎる、とそれぞれが主張)、高裁の判決で死刑を宣告された、という事例が発生し、大変ワタクシは驚いた経験がありました。

というのは。

今までは、ただでさえ暴走する地裁レベルで死刑が出て、高裁・最高裁で無期懲役になるパターンならありました。
しかし、地裁で無期、高裁で逆転死刑というのは前代未聞のことだったから。



世の中の考え方が、変わってきたのです。
あらゆる意味で。

一つは、被告人の『過』保護から、見過ごされていた犯罪被害者たちの保護へという流れ。

ワタクシの大学時代の先生の中にも、死刑廃止論者がいました。
でも、ワタクシは覚えている。

「犯罪被害者の処罰感情は?」と訊かれて…

「それは、横においといて…」

はっきりそう言いましたもんね。

ワタクシは、「こんなバカ、信用ならねぇ!」と断じて、以後、とても嫌いになりました。


勘違いして欲しく無いんですが。
ワタクシは、死刑廃止論が嫌いなのではないのです。
死刑廃止論『者』大嫌いなのです。

こういう人たちは。

大抵が、人権派を装う事で自己陶酔に浸っている大馬鹿が殆ど。

簡単な証明ができる。

というのは、死刑廃止論者は、「『被告人』の人権」は唱えても、「『犯罪被害者』の人権」についてはこの世に無い問題と考えているとしか思えない態度で、一言も触れていなかった歴史があるから。

彼らの本も沢山読んだから、それは間違い無い。

もしも、「人権人権!」というのなら、平等に議題にすべきだった筈であるのに、全く考えていないのが現状だったから。

最近でこそ考えてま~す♪というポーズをとるようになったが、それは、それこそこの山口の事件が起きて、旦那さんが世間に訴え、反論できないほどの説得力をもって犯罪被害者の人権論について世論をリードし、強力な支持を受けたので、仕方なく今頃になって『我々も考えていた』というポーズを取らざるを得なくなったからに過ぎない。

これは、もう一つ、ワタクシが信用できない理由になっている事が、ほぼ全ての原因になっている。

それは。
死刑廃止論者の中に、今回の事件のような重大犯罪の被害者が一人も存在しないから。

(※犯罪被害者で、よく挙げられる死刑廃止論者の方が一人だけいらっしゃいます。それは、原田正治さん。昔、TBSだったかの特集で知りました。しかし、廃止論者が挙げる人は、大体この人だけ。確かに、他にも居るらしいのだが、めだった行動はしていない。むしろ、『死刑を望む』方の心情の方が多いだろう。大体、一人しか挙げられないのであれば、ほぼこの人に集約されているのかもしれません。)

彼らの殆どが、自称知識階級だから、この問題を『被告人』対『国家』(※裁判所&検察官)と捉え、自分は『正義の弁護人』だという意識で論じているんですよ。

だが、しかし。
彼らの良い『筈の』頭からは、ある事実がすっぽり落ちているんです。

それは。

犯罪は、『人』(犯罪者)が『人』(被害者)に対して起こすものである基本構造がある。

犯罪者がいれば、そいつに苦しめられ、人権を踏み躙られた犯罪被害者がいるのが当然なのにね。

彼らは、古い『知識階級』ゆえに、反抗すべきは『国家』という基本ベースに則り、被告人の人権のみを考えてしまっているんです。



犯罪被害者保護の法律が制定されたのは、こうしたバカのお陰ではなく、今回の事件の被害者が、命を賭して訴えたからに過ぎない。

というのも、死刑廃止論者は、今回の法律ですら、自分達のお陰だと思っているから、救い難い。


だから。
ワタクシ、死刑廃止論『者』大嫌い!!




今回の事件は、最終的には、最高裁で判決が下るのは間違い無い。

永山事件と同じように、上告するしかないでしょうから。

とすれば、最高裁判決として、極めて重大なものになるに違いない。


バカな犯罪で、人々を苦しめた少年たちよ。

眠らず反省し、ビビりながら毎日を暮らしていけ!

今まで苦しんだ、犯罪被害者の方々のご苦労を想い、謹んでお悔やみを申し上げたい。
[PR]

by uneyama_shachyuu | 2006-06-20 21:49 | 法律