「転落」の落とし穴

渡辺二郎氏が、日本のボクシング界を永久追放になった、ということです。
記事に拠れば、12年前に小切手を恐喝し逮捕されてから、転落人生が始まった、とあります。

後は、暴力団の顧問格になって、完全に身を持ち崩していたようですね。

さてさて。
ワタクシ、武道界にいると、実は、この手の話は、ちっとも珍しくないのです。

ああ、またまたこのパターンか…と思うだけです。



ちょっと…というより、かな~り古い話ですが…

昔の日本では、武術は、才能がある者にとって、世に出る方策としては最短距離にあるものと言って良かったでしょう。

例えば、大昔から(※江戸時代から明治維新体制崩壊まで)剣術道場というのは、「剣術道場、当たれば大尽」と言われ、場合によっては大名並みの収入と家格を得る事もありえましたが、それは少数派。実際は、そこまで至る道場は少ないですが、それでも豊かな生活ができる程度は収入が得られることも多かったようです。

個人的には、本当にこの大尽が生まれたのは、幕末前夜の江戸三大道場ではないかなあ、と思いますが、基本的には流派によってその時代の主役が交代するというのは、江戸300年間に結構起きていたようです。

また、剣術以外の古武道も隆盛を極めた時期があります。
剣術道場ほどではありませんが、柔術などは、江戸期から明治期まで、それなりの勢いを得ることができたようです。


しかし、この勢いも、時代と共に変わります。
剣術道場は、明治期、西南戦争以後から剣道創設によって整理され、古武道扱いになっていきます。

また、古流柔術なども、柔道創設と凄惨な勢力闘争と共に、完全に古武道として時代の表舞台から消えていきます。

中には、大流派であったのに失伝寸前になった流派、部分的または全部が失伝してしまった流派もあるようです。


さて。
一代で流派を掲げて成り上がった武道家の多くは、ある共通点がありました。

江戸時代の武道家からそうなのですが、基本的に学がほとんど無いという点です。

ですから、有名になってくると、家格を上げる為に、様々な手を使ったのは致し方ないのですが、そのやり方は、やはり学の無さから、すこぶる直截的なものが多かったと聞いています。

まあ嫁取りは勿論の事、伝書について、坊主に書いてもらたりして武術の中身を知らない坊主自身は勿論、誰が読んでも分からない難解な文章にしてもらい、神秘的な感じを演出したり、ある特定の家との繋がりを盾にして、尚一層宣伝する、などは、ごく当たり前だったようですね。

※この伝書については、他にも理由があるとも言われる。いわゆる口伝である。中国も日本も、この点ではかなりの共通点がある。これに対して、口伝ではなく、丸で体育教育のように、技術も心構えも相当な深さまで書かれた著作も存在している。江戸初期なら宮本武蔵や柳生十兵衛、末期前夜なら千葉周作などが書き残しているものは、当時としてはかなりの平易さがあると言える。宮本武蔵などは、最初に「自分の言葉で書き、仏教などの用語では書かない!」と宣言し、本当に自分の言葉で書いているのは、先に挙げたような事情も絡んでいる。柳生十兵衛などは、長男でありながら家督を継がず、42歳で亡くなるまで弟子の教育にあたり、教育熱心で良い弟子を沢山育てたと聞く。また、宮本武蔵の再来と謳われた千葉周作は、正にこのような「神秘のベールと言うハッタリ」を剣術から引き剥がし、力学的・体育学的にありえるものを即物的に追求した人物として有名である。このような武術家は、全く学が無いのではない。千葉氏の出自はともかく、大体、出身がある程度の身分があった人物達でもあり、その才能は桁外れでもあるので、完全に例外と言って良い。




…とまあ、武道と聞いて清々しい人物像を描くのは、一般の人なら当然かも知れませんが、この伝統的な武術の世界を知っていると、言葉は悪いですが、武道界はヤクザと紙一重の世界なのです。

むしろ、奇麗事では済まされぬ世界と言って良いのです。

それは、一体何故なのか?
実に簡単です。

いくら「教育」を謳っても、武術の本質を測りえるのは、たった一つの価値観だけだから。

それは、『強さ』です。

つまりは、『敵を倒す実力』のみ。

だから、学問の世界では苦手な頭脳でも、戦いについての思考や技の才能さえあれば、誰でものし上がれる世界でもあるから。

だから、道場破りなどが来たら、本当に命がけ。
何しろ、自分の価値をかけているので、相手を半殺しにするのも、当たり前なのです。
果し合いと一緒です。

※終戦直後の昭和期、どこの道場でも、まだまだこんな雰囲気はあった。ワタクシも、その経験談を何度か聞かされたことがある。


このような性質がある以上、どうしてもヤーさんとの世界とは近付きやすい性質が潜んでいます。

博徒に剣術を教え、用心棒にもなった剣術家の時代から、一切何にも変わっていないのです。




現代の日本では、武術で飯を食う、というのは、武術の種類によって相当の差があります。

例えば、今でこそ文字通り「当たれば大尽」になれる空手ですが、昔は空手バカは貧しいというのは常識でした。ただし、大尽になれるのは、いわゆるフルコンタクトと呼ばれる現代空手で、もはや空手とは呼べないほどのもののことで(キックボクシングとの違いが無い)、古流は恵まれていないでしょうね。

町の柔道道場などは、まだマシですが(完全に強さだけを学ぶというのではなく、教育的なこともあるという建前から。剣道も同じく。これは既に『スポーツ』と言える)、古流武術も、本当に恵まれない世界です。古流で例外なのは、大東流合気柔術などの大流派くらいかもしれません。

逆に、何とか食えている世界は、ボクシングやプロレス(??)などのスポーツ化したもの。キックボクシングは、中々食えない時代もありましたが。


これらの違いは、一体どこにあるのか?
これは、実に簡単です。

桧舞台があるかどうか。

この違いなのです。

伝統的に、武術家は、その必要性が無くなった時代では、食うのは難しいものです。

しかし、「桧舞台」が用意されると、話が違ってきます。

簡単に言えば、「興行」ができれば金が動き、強さだけで世に出る事ができる世界に早や変わりするからです。




しかし、何しろ「強さ」だけが物差しなので、桧舞台から去ると、途端に事情が変わるんですね。

また、そんなものが無い世界の人たちは、本当に辛酸を舐めることも多かったようです。才能がありながら、それを発揮できる場所が無い…そのような人も、ワタクシは見てきました。


ここで、「転落」する人が出てくるんですね。
ワタクシが見た「転落組」というのは、大体このようなジレンマを多かれ少なかれ抱えている人の、ちょっとした心の隙を突かれたパターンが殆どでしたね。


ヤーさんの世界に「転落」させるのは、実に簡単らしいです。
何しろ「強さ」だけが価値観であるのは、全く同じだからです。

武術をやっている者は、ある意味みんな一匹狼です。
それを楽に思える人はともかく、「世に出る」という欲望が強い人は、ヤーさんにはある憧れがあります。

それは、「組織」(一家をなす)です。

ヤーさんらは、武術家が恵まれていない時期に、半ば以上本気で「先生!」と言って大変敬い、近付いてきます。

そして、「先生は『最強』なのに、世間の連中は分かっていない!しかし…我々は本当に『先生』の素晴らしさをよく存じておりますよ」などと言うのです。

このような組織のボスたちから「先生!」などと言われたら…大体、「先生!」などと言われる事も無く、あまり重要視された経験がない方が多い世界なので、この扱いにコロッとやられてしまう…

ワタクシたちも子供の頃、とある武術家が、とある指定暴力団の顧問格になり、黒塗りの馬鹿でかいクルマで移動している様を目撃し、我が師は挨拶までされたことがありました。

この人は、ワタクシの師も、それなりの組織力がある流派に関係しているので、ヤーさんと同じように「先生!」と言ってい大変尊敬し、自分の技も教えてくれたという経緯がありました。

結局は、学ぶ動機と人柄が全てと言えばそうなのですが、この手の世界は、いつでも「転落」する落とし穴が存在していることも、他の多くのことから知り、愕然としました。

最近、このご時世でも、転落している人が身近に出てしまい、溜息をついたばかりでした。



…ワシ、中学一年の時代から、こういう世界も垣間見ているのよね。「教育的」にどうかしら?(汗)
[PR]

by uneyama_shachyuu | 2007-07-28 10:30 | 時事