<   2009年 01月 ( 3 )   > この月の画像一覧

正負の法則。

去年の末、最後の練習の時に、久しぶりで道場に出向き、練習したら、左ひざを脱臼しました。

非常に特殊な上段回し蹴りをしようとして、軸足のひざが外れたのです。

すぐ一瞬で整復できたので、歩いて帰れましたが、翌日からは、ほぼ3週間、杖なしでは歩けませんでした。

今は、普通に歩いたり、軽く走ったりすることができます。

しかしまあ。
幾らトレーニングしていても、ひざ周りの筋肉の支えが不足し、捩れの挙動にひざが悲鳴を上げたのです。

また、高校生の攻撃を何とかしのげられる程度の実力の状態です。

まあ、これが現役を外れて、何とか持ちこたえられていると思った、肉体の正体です。


で。
周りからも言われるんですよ。
スポーツ医学の医者のことがどうたらこうたらとかテーピングしたらうんたらかんたらとか。

しかしねえ~。
ワタクシは、色々あって、その道とは違う路線に行くか、全く武道から引退するかを考えるようになりました。


これには、幾つかの理由がありました。


まず、一つ。
体を鍛えるにしても、病院やリハビリ施設の助けを借りるにしても、時間やお金を犠牲にしなければならないことです。

そのようなケアは、今はある程度不自由なく歩けるから日常生活には支障は無いのに、より時間や大切なお金を犠牲にしてまでやらなければならないことなのか?と自問自答してしまうのです。

つまりです。
今のワタクシにとって、生きて行くことの方が、もっと凄い「戦い」だからです。

筋肉が衰えているなら、よりハードに、徹底して色々な方法で鍛えなければならないし、病院へ行くにも時間との引き換えが怖いし、それどころではないというのが正直なところ。

鍛えるにしても、色々とやり方はある筈。
千代の富士関が、方の脱臼癖を克服(結局し切れなかったが)する為に、筋肉の鎧を身にまとうことになったのは、余りにも有名な話ですが、ワタクシの場合、ひざなので、やはりジョギングや様々なランニングによるトレーニングや、ウエイトの機材を使ったものが必要になります。時間もあるので、家に機材を置かざるを得ません。そうすれば、やはり結局お金がかかります。

だったら、自分で満足に動ける体をゆっくりでいいから作れればいいのです。


次に、道場が変わってしまったことでした。

昔は、上段突きも想定した、極めて実戦的な練習をしていました。
しかし、今は、フルコン・ルール(※極真空手の上段への突きは無し・蹴りは有りのフルコンタクト・ルールのこと)で練習しているんですよね。

対戦した若い高校生は、中々の強さです。
しかし、彼には、ワタクシのような現役から外れた者のビンタや上段回しがかする程度は入るのです。

ワタクシは、ある意味、本当に怖くなりました。

何故なら、対戦中、「突きが入りそうだ。なら試しにビンタでも…」と思い、間合いに入って出したら当たるからです。

彼は、本当に上段への突きを食らったことが無いようです。
回し蹴りでの気絶はあったようですが、これは、道場だからありうると言っても過言ではありません。

何故なら、実戦では、早く当てて倒さなければならないので、玄人なら、迷うことなく回し蹴りよりも突きを選択して、一瞬に突いてくるからです。

でも、彼は、ワタクシのビンタには勉強になったと言いながら、多分、ワタクシが感じたような恐怖は感じることがないでしょう。

それに、テーピングがどうとか言っても、日頃、喩え喧嘩になったとして、『ちょっと待って!テーピングするから!』などということはできないのです。

練習には、常に、日常の自分を完全に前提として、実戦を踏まえて練習しなければなりません。

しかし、今の道場には、そういうことではなく、スポーツ化してしまっているような気がしてなりません。


ワタクシの先輩で、凄く強い人が、何年か前に止めていきました。

ワタクシは、その時、寂しいだけでしたが、今は、その人の気持ちが分かります。

「おい、ちょっと違うんじゃないの?」と思っていたらしいですから。

ワタクシにも、それはかなり感じます。



更に、もう一つ。
今回の怪我で、いろんなことを選択できるように教えられたように感じたこと。

つまり、対突き蹴りの訓練は必要だとしても、それも含めて、無理やり治してまたは対処しながら現役に戻るのか、前々から考えていた合気柔術などの柔法の技術の方へ行くか、空手などの他武道で足りないところを補っていくのか、それとも止めて仕事に専念していくのかということを選択できる機会を与えてもらえたような気がしました。

実は、ワタクシは、剛法(突き・蹴りの技)の方がずっと好きで、柔法(関節技や投げ技・絞め技)などは、正直に言うと苦手でした。

しかし、ある時から、正反対になってしまっていたのです。

そいうこともあって、ワタクシは、大東流などを学びたくなっていたのです。

また、他武道の突きや蹴りでも、伝統空手(特に松濤館)の技にも興味があって、良い師匠に学びたくなっていたんですね。


ワタクシにとって、道場の存在はバック・ボーンであるには違いないのですが、守っていくもの、育てるもの、成長すべき自分という目標や存在がある自分自身にとって、今は、逆に壁になっては困るのです。

ワタクシのとって武道が必要な存在でも、もっと凄まじい世間での戦いを考えると、「もっとやらねばならないことがある」と率直に思えました。

とはいうものの、自分自身の成長に欠かせないものですから、やはり色々と考えてしまいます。





今、本当に感じるのは、これは、「何かを得ようとしたら、何かを引き換えにしている」という正負の法則(プラス・マイナスの法則)の最たるものだということです。


ある意味ショックと言えばショックでしたが、怪我して帰る間、『ああ、自分の転換点か卒業の日だなあ』と何故か深く感じましたし、自分で驚くほど、技、特に得意だった蹴り技に執着が薄く、思ったよりもガッカリしていない自分にひどく驚きました。

昔のワタクシからは、考えられないことです。

ですから、自分自身を色々と考えさせられました。



もう少し、体を鍛えながら、やるべきことをやり、自分が本当に必要なときに、何かの縁が与えられるでしょう。

ワタクシたち親子が到達すべきところは、もっと遠いところだと思いたいです。

そして、近いところに、次々に達するべき段階が見えてきているのですから。

その時まで、やるべきことに邁進する事にしましょう。


こういう思いに耐えて頑張って来た両親には、本当に頭が下がりますねぇ~。
[PR]

by uneyama_shachyuu | 2009-01-24 16:46 | 司法書士編。

理想と商売。

ワタクシの業界は勿論、法律の業界には、「お金のことは言ってはいけない」とか、「社会正義の実現」だとか、何だかスポーツ精神のような建前が厳然として実在しているように思います。

何だかねぇ…
別に甲子園にでも行く訳でもないし(しかし近くに住んでいる(笑))、雲や霞を食って生きていける筈も無いので、このようなことを言っていては、勿論やっていける筈も無い。

とはいえ、この辺りでの葛藤があるのも確か。

ワタクシのジジイも、この辺りでの考え方は古い世代なので、やっぱり「助けなきゃいかん時もある」ということもあります。

しかし、経営の現実というものがやっぱりあるのです。


最近、「おサルさんでもできるだぜい!」と言って憚らない人が、業界にいらっしゃいまして…

この方(と事務所の所属弁護士)は、業界では問題視されている御仁ですが、うちのジジイは、広告が気に入ったので、早速ワタクシの名前でアマゾンで購入となりました。

この方、何故か登録して間もない弁護士先生たちに、この本を含めた著作三冊を配り歩いているそうで、ある意味、よっぽどお金があるんだねぇ~と思ってしまいました。

※債務整理の全国放送のテレビ広告を初めて使った事務所かも。ちなみに、関西では、とある司法書士法人が、イメージキャラクターまで起用してテレビ広告を始めている。しかし…物事には裏があるもので、この法人の「代表」に祭り上げられている人物は、うちの事務所にもいた方。だから、彼の人柄を知るにつけ、これらの動きに、余りにも「??????」なものを感じてしまう、ワタクシたち一同なのであった(汗)。

さてさて。
問題の著作の中身は…まあ、この人物像はおいといて、ワタクシたちの業界の仕事をいかなるものと捉えるか?については、やはり考えさせられるものがありました。

彼は、弁護士業=法律事務のサービス業という徹底した考え方をお持ちです。

うちのジジイ曰く、次の戦略を考えている内容やアプローチが、極めてワタクシに似ている部分が大きいとの事。

…失敬な。
丸でワタクシが金の亡者のように聞こえるではないかっ!!

とまれ、ワタクシもよくよく訊いてみると…


ワタクシとは、大きく違っているところが、幾つもありました。

まあ、確かにワタクシに関しては、商売だと考えているのは間違いありませんけれど、彼のように完全マニュアル化するところまで徹底した法律事務の全自動化などと考えたことは一度もありません。

効率化は、事務作業や資料保存などには考えますが、あらゆる作業をマニュアル・自動化するようなところまでは考えられませんね。

結局、依頼内容もさることながら、依頼される方々はですから。

対応マニュアルまでどうやら作ってしまっているのではないか?と思えるんですけど…

※ワタクシたちの場合、上記のような傾向の事務所で相談された方々から次々受任されている。このような事務所では、彼ら事務所側が聞きたいところだけ訊かれて、勝手に希望外の方針を立てられて契約を勧められ、希望などは全く聞き入れてもらえない傾向が強いらしい。ワタクシたちの場合、最低2時間、場合によっては3時間以上平気で話す。とことん話を聞いて、それで納得してもらうのが、特にワタクシのやり方。営業時代の経験が全て生きているのをつくづく感じるなあ。これが当たり前だと思っていたから、ワタクシたちのようなところは少ない(というか、上手く大々的に宣伝しているところでは皆無に近いと知らされた)のが実情だと、最近、かなり複数のお客さんに教えてもらい、逆にびっくりした。

しかも。
そのような考え方でありながら、ワタクシと全く同様の次の目標を持っているのはちょっと驚きましたが(内容も方向性も軌を一にしている)、ワタクシには、彼らがその目標を行うのは、今のままの考え方ならば、たちまちトラブルを起こすのが目に見えています。

何故なら。
ワタクシ、そして彼らが狙っている業界は、ワタクシから見て、彼らが行ってきた事務化作業とは全く正反対の泥臭い人間関係の世界で、今までの経験から言えば、間違いなく、高級呉服店やプライベート・バンクのような一軒一軒にあわせた木目細かい徹底したサービスが必要な業界だからです。

対応マニュアルなどよりも、徹底してお話を伺い、本音を聞き出す…
正に、不要不急の商品販売をしていた時と同じように、丁寧にコツコツ接していかなければならないのを相談経験からひしひしと感じている訳です。

実際、目標の業界の方々にお会いすると、成功していらっしゃる方々は、皆さんワタクシのようなやり方を徹底させています。




確かに、ワタクシたちも商売商売。
否定はしません。

でもね。
単純ビジネスライクと法律業務を捉えて事務作業化したとしても、それはそれで構わないけれど、人に喜んでもらえなければ淘汰される。

そういう意味では、人を幸せ(喜んでもらえる)にして初めて存在意義がある。

ワタクシの師匠・あきんどは、喜んでもらって、儲ける事が出来て、自分以外の人の生活を成り立たせ、税金を納め、初めて「商売」として存在意義がある、といつも言っています。

ワタクシもその通りだと思います。


人を幸せにした対価だから、堂々と請求させていただきます。頂戴します。

「社会正義」も、その中で追求していきます。

だから、商売商売。
お金も大切。はっきりします。
何も恥じる必要なし。
[PR]

by uneyama_shachyuu | 2009-01-13 23:46 | 司法書士編。

遅れましたが。

遅れましたが。

明けましておめでとうございます。

本年も、どうぞよろしくお引き回しのほどを。


世界が大変な年ですが、何とか生き残って生きたいと心を新たにしております。
[PR]

by uneyama_shachyuu | 2009-01-02 19:08 | ごあいさつ